「心で触れるボディワーク」の「心」の認識についての確認
2026年1月21日 22時29分静岡で活動している、月田蕗子です。
この度、「エサレンという用語の使用を避ける」にあたって、確認したいことがあり、こちらに質問します。今更?という内容かもしれません。ずっとわかったようでわからない、曖昧なままにきてしまったことを反省しています。
「心で触れるボディワーク」の
「心」というのは、どこのことなのでしょうか。
私の認識では、
「心で触れるボディワーク」というのは、
・意図(こうしたい、こうあって欲しいなどの施術者側の操作的な側面のある思考、エゴ)を超えた、「存在全体」の相互交流
・触れる側も触れられる側も、「いま感じていること」を同時に体験する。私という存在が確かにここに在る、という感覚に戻るためのワーク
という風に解釈しています。
そして、「心」というのが、
対象を何にするかによって、意味が変わってくる言葉だと認識していて、
「あたま」に対しての「こころ」ならば
あたま=思考、こころ=感覚
「からだ」に対しての「こころ」ならば
からだ=感覚、こころ=感情
というように捉え方が変わるものだと思っていて、
私の中でその「心」に対する曖昧さが
どうしてもすっきりと腑に落ちないというか
心ってどこなんだろう、、、
という問いがあります。
「心で触れるボディワーク」の「心」は
heart 直感 感じたこと
という意味で使われている、という認識で
間違っていませんか?
今後、「エサレン」という言葉を使用しないようにするにあたって、「心」の定義を確認しておきたいと思いました。
今更で、恥ずかしいです。
言葉を、自分のからだで納得して使いたいという思いがあります。
(それを言うと私は"エサレン"という言葉を納得して使っていたのかどうか、わかりません。エサレンという言葉の認知度、ネームバリューを使っていたのかもしれません)




